蓮池:2020年1月、東京都立川市内の井戸からPFASが検出されたとの報道に接したことがきっかけです。これを受けて、2022年11月から4ヶ月かけて地域住民を対象にPFAS血液検査を実施し、多摩全域30市町村の住民791人が参加しました。その結果、調査対象者ほぼ全員からPFASが検出され、さらに血中濃度が米国の健康基準を超える割合が全体の46.1%に達しました。医療機関として住民の健康リスク解消のために取り組む必要性を再認識しました。
住民の不安の声に対応するため、PFAS相談外来を設けたり、必要に応じてエコー検査を行う一方で、「PFASを極度に恐れる必要はない」ともお伝えしています。欧米の論文発表では、PFASの一部に発がん性の恐れがあるとの指摘がありますが、いわゆる“PFAS病”はないと考えています。血中PFAS濃度が高かった方には、今まで以上に健康に気を遣い、健康診断を受け心配があればかかりつけ医に相談をするように助言しています。
三菱ケミカルアクア・ソリューションズ株式会社では、水質分析センターを運営し、PFAS水質分析装置を導入して、顧客からの分析依頼に応じています。
健康への影響を指摘されているPFAS(有機フッ素化合物)が、全国各地の地下水などから検出されています。こうした問題を受け、社会医療法人社団健生会(東京都立川市)のPFAS専門委員会は、2023年10月に『PFASガイドブック 学習資料』を発行しました。
今回は、同委員会事務局長の蓮池安彦氏、“PFASフリー”な社会を目指した取り組みを行う三菱ケミカルグループ執行役の羽深成樹氏、そして水処理事業に取り組んできた三菱ケミカルアクア・ソリューションズ社長の安口公勉氏の3名に、「PFASへの対策と水の安全を考える」をテーマに話し合っていただきました。
(本稿は『病院新聞』2024年4月18日付病院新聞に掲載された記事の要約版になります)
参加者プロフィール
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蓮池安彦
社会医療法人社団健生会
PFAS専門委員会事務局長 -
羽深成樹
三菱ケミカルグループ株式会社執行役
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安口公勉
三菱ケミカルアクア・ソリューションズ株式会社
代表取締役社長 -
注)肩書は2024年2月取材時
――PFAS対策に取り組むことになったきっかけをお聞かせください。
――PFASの規制はどのような状況ですか。
羽深:PFAS一括規制の動きは、ドイツ、スウェーデン、オランダ、デンマーク、ノルウェーの5ヶ国からの提案に始まり、現在、EUのREACH規制に盛り込むためのプロセスが進行中です。2025年以降に本規制が発効、早ければ2027年に規制案が実行される流れになっています。
アメリカでは、PFASを含む商品を製造、輸入した事業所に対して、製品中のPFAS含有量の報告が求められています。州によっては、化粧品や子ども用品など一般消費者向け製品も規制の対象に加える動きがあります。
――三菱ケミカルアクア・ソリューションズの対応をお聞かせください。
安口:当社は、これまで一貫して水処理に関する事業を行ってきました。なかでも地下水膜ろ過システムは、平時に水道料金を低減できるメリットがあるだけでなく、災害による断水時にも診療機能を維持できることから、病院や介護施設を中心に導入が進み、その数は1400件を超えています。
また最近では、各自治体で配管の老朽化により水道事業、特に浄水場の運営が非常に困難になってきています。このため、当社の技術が役立てられないか、全国の自治体から水道事業についてお話を伺う中で、このPFASの問題に直面することが増え、「何かよい方法はないか」というご相談を受けている状況です。
蓮池:地下水膜ろ過システムについては、PFASが検出された地域に配置するのがよいのではないでしょうか。そうした技術があれば、おそらく汚染源がわかり、それを除去できるようになると思いますが、いかがでしょうか。
安口:地下水膜ろ過システムの事業では水質検査を実施する必要があるのですが、弊社は自前で水質検査を行う水質分析センター(東京都東村山市)を持っています。当センターは管轄省庁の認定を受けており、自社の分析だけでなく、外部の依頼を受ける水質検査機関としての側面もあります。PFASへの関心の高いお客様からの検査の依頼も増えています。
私たちも以前からPFASに関心を持っていましたので、PFASの水質分析装置も導入しました。当初は顧客の依頼に応じて分析していましたが、最近の状況を踏まえ、もう少しスコープを広げようと、さらに装置を増やし2台体制としました。また、2023年10月には厚生労働省から水質検査に関わる通達があり、それにいち早く対応する形で当社ウェブサイトにもPFAS専用ページを作り、相談を受け付けているところです。
除去については、今の段階で一番有効なのは活性炭です。例えば、PFAS問題が指摘されているエリアの学校では、家庭用浄水器を蛇口につけて、活性炭で除去する対応をされていると思います。それも間違っていないと考えていますが、問題は除去した後の活性炭をどうするかです。残念ながらこれに対する最終的な解答は出ていません。唯一の方法は活性炭を燃やすこと。ただ、非常に高温で燃やさなければならないため、CO2排出の面から環境的にもよくありませんし、行う施設も整っていません。
では、どうすればよいのか。当社では、活性炭以外でもイオン交換樹脂やUV、生物処理、あるいは海水の淡水化に使う逆浸透膜を使って除去できるのではないかと考えています。ただ、除去した後にどのように分解していくかは、世界的に見てもまだ答えが出ていないのが現状です。逆に、分解する技術ができれば、本当に画期的で社会貢献にもつながります。我々がいろいろな技術を組み合わせながら、なんとか実現できればと考えています。
――今後、PFASに対する問題意識も広がり、日本も規制も強まっていくのでしょうか。
羽深:日本はまだ遅れている段階ですが、今は企業もグローバル化していますので、EUが規制を始めると日本だけ枠の外というわけにはいきません。また、今はまだPFASの問題が一般に周知されていませんが、世論が高まれば政府も本気で取り組まなければいけないと考えるでしょう。
一方、三菱ケミカルグループは「KAITEKI」を理念に掲げています。これは、人や地球にとって快適であり、生産者や消費者にとっても快適ということが連綿と続いていくイメージです。PFASの問題は、この理念のためにも絶対に対応していかなければなりません。そうしたスタンスで取り組んでいきます。
蓮池:御社のように“PFASフリー”に取り組んでいく企業へは、国からの支援がほしいですね。
羽深:既に当社グループではPFASフリーの素材の開発に取り組んでおり、PFASを使わなくても高い断熱性を持つポリカーボネートなどがあります。こうした“PFASフリー”に向けた取組みへの支援は期待したいところですが、政府はまだ研究の段階にあるようです。
安口:やはり国よりも各県や市の担当者の関心が非常に高い状況です。また、PFASが検出された地域とそうでない地域の温度差が激しいです。国として規制するよりも、まずは市や県のレベルから動いて、最終的に国を動かすという流れになるのではないでしょうか。一方で、国は企業に代替品を使うように促すなど両面から取り組んでいかないと、この問題に対する推進力は上がらないと思います。
開発については、スピード感をもって取り組んでいくことがカギとなります。私どもに限らず世界の様々な企業が開発でしのぎを削っています。当社も、イオン交換樹脂および膜の技術や知見を持っていますので、それを活かしながらいち早く何らかの解決策にたどり着けたらよいと考えています。
(本稿は『病院新聞』2024年4月18日付病院新聞に掲載された記事の要約版になります)